2013年4月4日木曜日

夢みまして

覚えてるやつ。

耳がむずむずして。

あーもう、って、指つっこんでほじほじ。

なんか掴んだ、と思って、つまんで引っ張ってみたら。

麻の紐みたいな太めのやつが、ズルズルズルーっと1メートルくらいするりんこ。

あー気持ちよかったー。みたいな。




次行ってみよう。

多分地震があったから、だと思う。

海沿いの友人宅(リアルに存在)で何かしてて。

部屋からの景色が、ずずずずーーーーっと、陸へ離れて、また海側へ、なめらかーに。
なんじゃこりゃ?

と、よーくみると、でっかい波がきてるじゃないの。

さっきのは、すでに波にさらわれて、家ごと動いてたー、って事だった。

こりゃやばいで!

と、家を飛び出し、夢中で走った。

遠くには、もっと早く家を飛び出した人らが、わらわらと逃げているではないか。

俺は助かるのだろうか。

とにかく走った。

津波の、最高到達点らしき「ライン」が見えた。

あそこへいけば、助かる。かも。

とにかく走った。

足元には、海水が。何度も押し寄せているが、ちゃっぷん。くらい。

津波じゃねーだろ!

ってつっこむ余裕もなく、目の前だけを見、走った。


終わり。

2013年3月6日水曜日

はてさてふふー


できるかな?じゃねぇよ

やるんだよ。

以下、謎の回文wwwwwwwww

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いつも市政にご尽力されていることと存じます。

さて、既にご存知のことと思いますが、下記URLで詳しく報道しております、生活保護費や児童扶養手当をパチンコなどのギャンブルで生活が維持できなくなるまで浪費することを禁止する「市福祉給付制度適正化条例」の制定を目指し、条例案を市議会に提出したニュースについて、八戸市においても他人事では済まされない事案であることと思います。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130304-00000537-san-pol

というのも、少し時間をかければ八戸市のパチンコ屋が住民
比率に対して異常に多いことは容易に分かる事実でございます。

加えて、生活保護受給者に対する納税者の不満も、避けて通れない問題と思いますので、是非八戸市でも、上記のような思い切った政策を行って欲しいと切に願うばかりです。

かたや、福岡市ではパチンコをしたくてしょうがない韓国人観光客がごったがえしている現実をみると、
http://www.asahi.com/national/update/0302/TKY201303020327.html?tr=pc
いちがいにパチンコを排除する風潮も、いかんともしがたい現状は愚民であるわたくしにも実感できています。

それらを踏まえ、八戸市ではどういった舵取りをしていくのか、本当に市民は期待して見ていることと思います。

3期目を控えており、ますますこれからの活動に期待のかかる今だからこそ、明るい話題を作って頂きたく思い、わずかばかりの可能性も込めて、メールした次第でございます。

世の中のメディアに流されず、独自の大きな目線でもって、これからの八戸を引っ張って欲しいと存じます。

失礼いたします。

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なーんつってね。フフーン。

2012年12月4日火曜日

auのiphoneでメールの設定なんじゃこりゃ

コンガラガリータなのでとりあえず落ち着くためにメモ書き。


前はibismailを使って通知有りができた。
同じようにしたいと思って設定したら、できなかった。
調べたらば、auoneというものを使うと良いとのこと。
http://d.hatena.ne.jp/nullplus/20120520/1337474549
http://blog.livedoor.jp/officeyoshimura/archives/1549271.html

で、oneは登録が必要なので、とりあえずauoneとサポートの2つのidとパスをゲット、設定。

ibisで、受信と送信のサーバを分けると、通知がくるよ!
ってことだったので、受信をauone(Gmail)に、送信をezwebに。
だがなぜか受信だけできない。送信はできる。
ということは、auoneのほうがおかしい。のか?

どうやら、連動設定とやらが必要とのこと。
だが調べても、さっぱりたどり着かない。

とりあえず、auoneに届いたメール(G)は自動保存設定にした。<意味あんのか?

それにしても連動の画面までさっぱりたどり着けない。

ということで、さっぱりわからんので、ibisは元に戻した。(どちらもezwebサバ設定にした)

iphoneからez(自分飛ばし)は、デフォルトのメールアプリには届く。
iphoneからauoneへは問題なく届く。(web)

auoneからiphoneへ送ると、デフォアプリにのみ届く。が、
条件不明だが時々?(例えばauoneサイトからのメールは)ibisにも届いている。
このへんさっぱりなので、しばらくはデフォ使うしかねーか・・・。といった感じ。

2012年10月26日金曜日

高橋竹山いってみた

町が主催の定期コンサートイベントに、高橋竹山(二代目)が来るというチラシが広報に大々的に入れ込んであったので、これは行くしかないと応募。あっさり当選。(町民優先だしね)

で、10月26日。

仕事帰りにそのまま直行。

定員500名ってことだったが(開演直後に会場入り)、すでにほぼ満員。
竹山さんが演奏している中着席。

①三味線よされ
②津軽あいや節
③メドレー 十三の砂山 りんご節 鯵ヶ沢甚句
④中じょんがら節
⑤新じょんがら変奏曲
⑥東北民謡メドレー
⑦ピアノ 小田朋美
⑧紅がすり抄
⑨カムダウンモーセ
⑩三味線じょんがら
⑪即興

合間のお話は手短に、曲を急ぎ足で演奏した感もありましたが、
その中でも、野田村のお話に少し時間を割いていた。

震災以降、3度訪れた話。
野田の塩の話。
南部牛追い唄 のお話。
初代が野田村の人に牛追い唄を教えてもらった話。

他にも、弟子入りの経緯。
初代はどのようにして生きてきたかの話(目が不自由な人は昔どういう扱いを受けたかなど)。
初代の作曲に込めた想いの話。

そして現在、いろいろな人との繋がりでの音楽性の拡大の話。(数曲、ピアノでの参加をした小田さんの話。)
→VOICE SPACE という音楽集団の説明もあり


もともと生演奏は大好きなのだが、三味線一本での音使い。細かい起伏・ビブラート・余韻。
静かに聴くライブだけあって、皆さん静か。だからこそ最後まで聴こえる音がすごく心地良かった。
そして民謡。初めて聞く声だったけれど、圧倒的、繊細なヴォーカルに終始、聞き入ってしまった。
一緒にピアノとして参加していた小田さん曰く、生で始めて聞いて以来、すっかり魅了されたとの事。(一緒にやりはじめて1年くらい)

民謡なんて。
と、自分も会場に入るまでは本当に思ってた。
けれど、出る頃にはすっかり変わっていた。不思議なもんで。


頭によぎったのは、あー、これが俗に言う「ソウル」ってやつなんだろうか、と。

初めて聞いた民謡だから、意味なんてわからない、どういう歌詞なのかもわからない。
だけど涙が出てくるのはなんでだろ?と。
一日二日でできた曲じゃないし、1年2年で築き上げた作品じゃない。
まして全国各地で生まれたものだけど、ルーツも作者も全く知らない。
だけど訴えてくる何かは始めて聴いた俺にもなぜかわかる。

これってなんだろ?って考えたら、ソウルとしか思いつかなかった。


途中途中、目を閉じて聴いてみたりしたとき、脳内に映る映像はまさに、現代ではなく、
遠い昔の、見たことのない想像でしかない日本の絵だった。



2012年10月22日月曜日

ボランティアキロク+α(消防他)

10月20日(土曜日)
午後よりボランティア活動(写真)と、関係者・村民を招いた懇親会(チーム北リアス1周年)に参加。

移動前(午前中)に水産高校の缶詰が熱い(温度ではない)との情報が入ったため見に行く。
が、11時時点で売り切れ。甘かった。なめてました。
他にも残っている加工品はあったようでしたが、行列がとんでもなかったのでやめました。
(工場へ向かって伸びる行列が隣の体育館へ延長し、ぐるっと回って外まで飛び出ていた)

13時八戸出発。15時野田村着。

拠点にて写真活動と懇親会を行うため、あっちこっちと準備のお手伝い。
写真のほうは、2人しか来なかった?が、1人、本人の写ったもの・自宅が写ったものが見つかる。
合計十数枚をお持ち帰り。よかったよかった。
お帰りになったあとは懇親会準備をメインに。

ドリンク(チューハイ・ビール・焼酎・日本酒・ソフトドリンク・麦茶(HOT))コーナーに、
食べ物はせんべい汁、こんにゃく、ごはん(まつたけごはん・赤飯)。
自分はただただ、用意されたものを並べたりよそったり注いだりしてただけですが、
事前の準備をいつも頑張ってるまちこさんには頭が上がらないです。

関西・新潟・八戸の関係者が一同に集まっただけあって賑わいもすごかった。
少々冷え込む時間帯まで宴会は続いたわけだが、まだまだ元気たっぷりで。
さすがこのくらいのエネルギーないと、できないし続けられないよなー・・と。
学生さんたちも元気いいわ。うん。
お好み焼き作るのじょーずだわ。うん。

教授クラスの方々に、少しづつ顔覚えてもらってきて、ちょっと嬉しかったり。
(あーどっかで見たと思ったーとかのレベルだけども)

去年の夏から参加してるボランティアだけど、1年なんてあっちゅうま。
時間が過ぎたときにどう感じるか。だよなぁ。

「見た」だけでは、何も動かないんだよなぁ。

写真活動も、来年早々佳境を迎えそうだし・・。2年経たずして。
広く知ってもらうには、一歩前へ出てもらうにはどうすればいんだろね。
とりあえずfacebook?と思ったりしたけどね。製作量とんでもなくなりそだしね・・。<組織全体だと


で、宿へ戻って(えぼし荘)飲み直し。といっても短時間で撃沈(一部)。

就寝。



5時半起き。酒残りまくり。
朝日を拝んで、ひとっぷろ。

6時半朝食。

7時出発。

8時55分、屯所到着w
ギリで訓練に間に合う。急いで防火服に着替える。


10月21日(日曜日)9時~
町の防災訓練に参加。
所属分団は本庁舎の火災消火を想定。
今回は沿岸地域と内陸(庁舎)の二手に分かれての震災時の対応等の訓練がメイン。
沿岸のほうはヘリが飛んだりしてたようですが。

こちらのほうは、なんというか、うん・・。みたいな内容で。
新米団員がほざくことではないと思うんだけども。

え、いつもそんなスピードで火消ししてるの?っていう感じが否めない・・。
(もちろんうちの団の役割部分はスピーディ。ってもちろんって何よ)

手順通りの訓練になってなくて、一部失笑を買ってもおかしくない事態まで・・。
全体的にそういう雰囲気だと、訓練自体もおそまつになっていきがちになるのは目に見えてるよなぁ・・。
と、初参加した感想。

訓練終了後、副より。
「午後空いてるか?少しやるぞ(酒飲むぞ)。」

ラジャー!

ということで、買出し班となる。
戻ると即、
「ではすぐに、車を置いてきなさい<●><●>」

ラジャー!


12時から17時までご飯(と酒)を頂く。
いろんな人がいるので、話も弾むというか途切れない。

メインは訓練の反省会なのだが、それ以外に家族の話、他の団員の話(文句ではない)、
祭りの話、そうかほにゃららの話wなどなど。

しかしさすがに連日の飲み(以外もある)が辛く負担もでかかったのか、
帰ってシャワーして布団入ったら十数時間のバクスイ。


だが、それがいい。


心地良い疲れとはこのことでやんす。
仕事の疲れとは別格だしね。酒をうまくするのに最高の調味料ですわ。

2012年9月17日月曜日

夏【続く】

地元のお祭りは必ず祝日へぶつかるように仕組まれているので、土日月となっているんですが。

今年は団員としてお通りとお帰りの日に活動参加しました。

いわゆる神様へお参り。
その他細々とした準備作業。あれこれしてるうちに山車運行が始まり、後をつけての監視?活動。
何年ぶりって話じゃないくらい久しぶりに、祭り参加側として見ることができた。
いろんな人が見に来ているんだなー、とか。ご苦労様です、って声かけてくれたりとか。
ねぷたにも去年からお邪魔したりしてるんですが、一人でも多くいたほうがいい、
っていうのは間違いなく言える。と思った。

大きなイベントって、みんな、小さな役割を責任もってこなしてて。
知らなきゃ知らないで生きていけるけど、知ってるほうが生きてて楽しいだろうな、って。

なんだろうな。

役割を「もらえてる」ってのは、性格なのかもしれないけども、すごく嬉しいんですわ。
汗ぶったらして、ぜーはー言いながら無心にこなしていくのって、楽しいんですわ。
それはみんなが責任持ってやってるからに他ならなくて、と思っているんですが。実は違うかもしれん。

でも、そうやってるだけで、自然と繋がっていくんですわ。不思議と。
それが心地良いんですわ。

楽しそうにしてる人が、なんで楽しそうなのか、って。こんな感じだからなのかな?って。
少しづつでも教えてくれるのが楽しくて、全然いやじゃないんですわ。

そんな風にしてたら、団の上司が、ちょっと褒めてくれたりするんですわ。

無駄なこと考えるの極力しないだけで、割と自分なりに楽しく過ごせてるのが幸せなんすわ。

みたいな。


今日もいいくらい飲んで食ってもう限界ってところで更に追い討ちに飲まされ食わされ、
ほんと限界ってところで、久しぶりの同級生(昔から神楽をやっている)と再会。
ほんとごめん、っつって、ゆっくり飲むことは叶わなかったが、消防入ったってだけで、
すごく励まされたし、今度飲もうぜ、みたいに、すんなり言われたり。

濃い3連休を過ごすことができましたとさ。
(土曜日の夜は七戸の家族旅行村にキャンプ?にいって、しこたま虫に刺されて帰ってきたとさ)

2012年8月30日木曜日

SOHOの夏

前回記事が5月末。
消防団に入り、そのまま消防操法訓練に参加し始めた時期である。

ということで、少し思い出にふけってみようかと。


【きっかけは?】
友人の結婚式で一緒の席になった同級生Kが全ての根源w
いきなり消防団入ってくれないかと言われ、最初は意味が分からず、結婚式という場でもあるので、あとでゆっくりお話聞かせてくれ、とその場はやり過ごした。
数日後、どう?考えてくれたかな?とメールが。
もう一人の友人Hと二人で、時間作って話を聞く事となる。

その場には副分団長もいた。

そこで飲みながら食いながら、団の状況や具体的な仕事などを聞く。
是非入ってくれ、と、入団手続き書類まで用意されていたが、時間をもらいたいということで一度保留とさせていただいた。

結局、入団を決意したわけだが、当時から、断る理由がない、ということが頭にはあった。


【消防操法】
操法ってなぁに?という状態だったので、ビデオを見たり資料を見たりした。
早い話が、ロボットのごとく消防活動における基本動作の形式美を競う大会、なわけだが、最初訓練に参加した時は、この人達はすごいな、よくやれるな、俺には無理だわ、ってくらいの印象だった。
だが、時間がたつにつれ、他の分団の「キレ」や「正確さ」「スピード」など、比べればきりがないくらいに奥深さがわかってくる。
そこに魅了されていく不思議な魅力と、現実の厳しさが常につきまとうものだな、と感じた。


【大会参加】
まずは上十三地区の優勝が最低限のステップであり目標だった。
優勝チームのみが県大会出場の権利を得る。

高得点の条件は多種多様。
まさに総合力がキモなのだが、その中でも「節度」と「スピード」が最も重要視されていると考える。
節度はひとつひとつの動作を早く正確に行わなければならない。ただ、あまり丁寧すぎると時間ばかりが過ぎる為、そこにスピードが要求される。
ただ、スピードを重視しすぎると節度がおろそかになるという、少し矛盾めいた話にもなってしまうが、同時に高めなければ得点に繋がらない。
これを極めようとすると、極端な話、キリがないのである。
ある程度の限界を見極め、部分的に底上げをするという方法をとるしかないわけで、そこをいくと、我が分団のタイムとしては全国レベルには少し届かないといった現実が見えてくる。

ただ、地区大会といった枠で言えば、かなりハイレベルなところまで訓練されているので、優勝候補といって間違いなかった。

結果、優勝することができたが、いくら地区大会とはいえ、不安やプレッシャーは相当だったろうと思った。
地区大会後の慰労会にて、関係者の皆さんからものすごい賞賛の嵐。
思っていた以上に、関わっている人の多さにただただ驚いていた。
そして、選手の皆さんから、普段は口にすることのない(真面目に語らない)、操法に対する思いを聞くこともできた。
そしてそれは、最後の最後までぶれることのない信念であったことと今、改めて思っている。


8/29 県大会。
青森の消防学校敷地内にて行われた。
まだまだ残暑の厳しいこの時期、日差しはきつく、人も機械も限界突破寸前だったと思う。
事実、我が分団が終わり、横にはけてからエンジンチェックをしたら、エンジンがかからなかった。
まさに紙一重だった。本番でこれが起こったら、本当に悔やみきれない思い出が残っただろう。

撮影班なので、小型ポンプ操法に出場する全分団のビデオ撮影をした。
カメラ越しに、他の分団のレベルの高さが伝わる。一気に不安に襲われる。
入賞とまでいかなくとも、健闘して欲しい。納得のいく結果を残して欲しい。

普段は早朝ということもあり、静かなところで、声も通り、淡々としたものだったが、
会場はまったく別次元だった。ポンプ車が何台も配置され、水上げやエンジン音に声はかき消され、
同時に操法を行っている他分団の叫び声ともとれる鬼気迫る掛け声。
この雰囲気に、自分だったら飲まれていただろうと思う。
その中での、プレッシャーがピークの状態での、普段通りの操法ができた選手の皆さんは本当に素晴らしかった。

そして、県のレベルを肌で感じることができ、貴重な体験をさせてもらえたことに感謝している。


結果、4位であった。3位と僅差で負けたが、誰も不満をもらさなかった。

大会を終え、本庁舎へ報告をしに行く。(副町長)
集合写真を撮り、屯所へ荷物を降ろし、全ての行程が終了した。
操法の夏が終わった。


おつかれさん会ということで、町内某居酒屋へ。
それぞれの挨拶・感想・総評を聞く。

メインメンバーは4月から練習を開始したわけだが、そこから様々な苦労や苦悩があった話。
やり遂げた事による解放から、涙する団員もいた。

この瞬間を体験できるのは、これからの人生でもそうそうないだろう。

次、操法をまたやることになるのは何年後かわからないが、その時まで団員としていたら、
おそらく選手として出場する・・かもしれない。が、今はただ、終わった事をゆっくりと実感していきたいと思う。


団員さん、署員さん、本団のみなさん等々数えきれない関係者様、ありがとうございました。